より深く読みたい人に贈る、「わかったつもり」からの脱出方法

より深く読みたい人に贈る、「わかったつもり」からの脱出方法

はじめに

こんにちは!
エッセーです。

 私は本を読み終わった後で、本を見返してブログを書いています。
 その時によく、「あれ?読んだときの解釈と違うことが書かれているぞ?」となります。

 典型的な、「わかったつもり」ですね。一度読んだ本も、よくよく読むと、このように理解が訂正されていくことがあります。一発で完璧に理解できることはなかなかないため、ブログに起こすときはいつも確認しています。

 今回はその、「わかったつもり」について書かれた書籍を紹介します。

西林 克彦著『 わかったつもり~読解力がつかない本当の原因~』

 この本は、文章を読んで、「わかったつもり」になるのはどのようなときなのかを研究した方の書いた本です。

「わかったつもり」とは

 著者によると、文章を読んでいる人は大まかに以下の4つの段階を追うそうです。

  1. わからない状態: 文章のつながりや、言葉がわからない状態
  2. わかった状態: 1の問題が解消された状態
  3. 自身の知識との矛盾に気づいた状態
  4. 矛盾を解消し、よりよくわかった状態

 2の段階はわかりやすい「わかったつもり」の状態ですが、4の段階も「わかったつもり」です。自分の持っている情報を足し合わせて、より矛盾の無い状態にしていく過程は何回も繰り返され、理解が深まることが何度もおきるためです。

 ここで問題になるのが、2の段階で止まることです。「わかったつもり」は安定な状態なので、人はそれ以上深く考えなくなります。

 ニュースやネット記事を読むときなどはそこまで問題にならないのです。しかし、文章をしっかりと理解しないといけないときは、間違った認識で「わかったつもり」になると問題が生じます。

「わかったつもり」はどこから生じるか?

 私達は文章を読み、その内容を、文脈と自信の知識(スキーマ)から理解します。
 この文脈とスキーマに、「わかったつもり」になる原因が隠れています。

 それぞれの中で、どのような原因が隠れているのかを本書では述べています。今回のブログでは、文脈に潜む「わかったつもり」の原因を紹介したいと思います。

文脈に潜む、「わかったつもり」の原因

 文章を読んで、誤った「わかったつもり」になるものとして、筆者は以下の3つを上げています。

  • 『最終的に』という文脈
  • 『最初から』という文脈
  • 『いろいろ』という文脈

 それぞれ例を出してみていきます。

『最終的に』という文脈

 『小さなリスの大旅行』(ビル・ピート)という作品をご存知でしょうか?

 大都会の公園に住んでいた臆病な小さいリスが、西に有る大きな木の話を聞いて、そこに行ってみたいと思い、大都会を旅する話です。

 西の大きな木を目指しますが、行けども行けども大都会から出られません。
 飽きらめて帰ろうとしたところ、引っかかった凧を取ってあげようとすると、その凧と一緒に飛ばされて、最終的に西の大きな木にたどり着くことができた。

 という話です。あらすじだけだと伝わらないかもしれませんが、「凧をとった理由は何か?」と読者に聞くと、「西の大きな木に行くため」という答えをする読者が多いそうです。

 これは、間違った読み方です。凧をとったのは、人助けのためであって、「西の大きな木に行くため」では有りません。

 このように、文章の結末にひとは引っ張られてしまい、過程の詳しいところも、結果に結びつくように解釈してしまいます。

『最初から』という文脈

 これも『最終的に』という文脈と似ています。

 「それまで関わりのなかった2人が、ぎすぎすした関係を通して、最終的に友達になった。」という話が有るとしましょう。この2人は、最初から友達になろうとしていたでしょうか?

 ギスギスを乗り越えたのは「最初から友達になりたかったのだ」と考えた人もいるのではないでしょうか。実際は、ただギスギスしてただけなので、友達になろうという意思は無かったかもしれません。深読みのしすぎです。

 「中が良いほど喧嘩する」も同じような話です。最終的な結果に最初から向かっていたと深読みをしてしまうのです。

『いろいろ』という文脈

 実は、人間の思考停止する原因として、「いろいろ」があります。まずは以下の文章を読んでみてください。

いろいろな ふね (東京書籍『新しい国語』1年下平成14年度版)

ふねには、いろいろなものがあります。
きゃくせんは、たくさんの人をはこぶためのふねです。
このふねの中には、きゃくしつやしょくどうがあります。
人は、きゃくしつで休んだり、しょくどうでしょくじをしたりします。
フェリーボートは、たくさんの人とじどう車をいっしょにはこぶためのふねです。
このふねの中には、きゃくしつや車をとめておくところがあります。
人は、車をふねにいれてから、きゃくしつで休みます。
ぎょせんは、さかなをとるためのふねです。
このふねは、さかなのむれを見つけるきかいや、あみをつんでいます。
見つけたさかなをあみでとります。
しょうぼうていは、ふねの火じをけすためのふねです。
このふねは、ポンプやホースをつんでいます。
火じがあると、水やくすりをかけて、火をけします。
いろいろなふねが、それぞれのやくめにあうようにつくられています。

西林 克彦著 『わかったつもり~読解力がつかない本当の原因~』

 「いろいろな船があるんだな」(完)とできますが、ちょっと待ってくださいね。

 この文章では、4種類の船を取りあげて、いろいろな船が有ることを述べていますが、その他にも役目に沿って造られている(つまり構造を持っている)ことを述べています。

 役目と構造に注目してもう一度読むと分かりますが、この文章は、4種の船の全てに対して、役目と構造の説明がついていることが分かります。

 この文章を「いろいろな船があるんだな」と捉えることもできれば、「役目にあった造りをどの船もしているんだなぁ」と捉えることもできます。明らかに、後者のほうが理解が深くなっていますね。

 「いろいろ」で「わかったつもり」になると、読みが浅くなってしまいます。

今回の内容を生活に活かすには?

 今回は文章の読み方について書きました。「わかったつもり」になるのは、悪いことではないのですが、間違った理解で「わかったつもり」にならないように、以下に気をつけるといいと思います。

  • 人は、「最終的な」結果にひっぱられ、過程の読み取りを誤る
  • 人は、結末をみて「最初から」結果に向かっていたと深読みする
  • 「いろいろ」で済ますと、浅い読みしかできない。

ちなみに、それぞれの対策は以下です。

  • 「最終的な」という文脈と「最初から」という文脈:
    文章をまとめてみる。特に、流れの変化や繋がりの有り無しを意識するとよいと思います
  • 「いろいろ」という文脈:
    「いろいろですましているな?」と思ったら、具体例を上げてみる

おわりに

 『最終的に』という文脈と『最初から』という文脈によって、誤った「わかったつもり」になってしまうのは、なんとなく理解できます。人は一貫性の有るものを好む性質が有るためです。文章の結末を知ったあとで、過程を吟味しないと行けないかもしれませんね。

 やっぱり再読って大事だなと感じました。
 今回紹介した点を、再読の役に立てようと思います。

 今回はこの辺で。

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 ではでは。